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2013年8月 5日

 金銭的余裕は無かったので、卒後すぐ勤め始めました。勤務医時代は購入して頂いた歯科雑誌を読むくらいで、たまに同窓会の講習会には行きましたが、毎日大勢の患者さんを診ることが同時に勉強だったと思います。

 勤め先の院長が体調不良だったせいもあってか、私ともう一人同期で入った新米歯科医は直後から比較的多くの患者さんを任されました。
 当時も今も、国家試験を終えてからのインターンで無くて学生時代に特別に患者さんの治療実習をさせている大学はごく一部でした。今は愛知学院と新潟大、北大の3校と聞いています。
 ごく簡単な治療なら即戦力になるのです。

 後々自分が代診医を雇う段になって、実は自分の新米の時の方が特殊だったと知って愕然としたものです。
 患者さんにも迷惑はかけたと思いますが、新米の時からばりばり治療していました。
 
 大変残念なことに勤務先の院長は私勤めて2年目に亡くなりました。同期の友人歯科医と1年後輩が先に退職(他の歯科医院へ移籍)する中で私はそこに4年半お世話になり開業に進みます。後輩が先に退職してしまい、予定より半年延びてしまいました。複数の医院で研鑽を積む方が良いという意見が多いですが、同じところで腰を据えて少しでも長く患者さんと関わることも利点です。
 
 開業が延びた結果、歯科医師会入会が開業より7ヶ月早くなってしまいました。昭和時代は当地区でもたまにあったと聞いていますが、多分私以降は同じ例は無いと思います。
 それには以下のような経緯があります。

 勤め先の院長は早世されましたが、そのお父様も歯科医師で明治15年生まれですがまだ元気にしておられました。若いときは親分肌だったようです。私たちは大(おお)先生と呼んでいました。
 「長谷川君は将来どこで開業するのかね?」と訊かれて、
 「甚目寺に田んぼがあるのでそこで開業したいと考えています」と答えると、「甚目寺は海部郡だな、会長のH先生に頼んでやろう」とその場で電話を掛け始められました。
 私はびっくりしました。まだ歯科医師2年目で開業準備なんてこれっぽちも考えてませんでしたから。
 大先生が頼んだから直ぐ入会が認められることはありませんが、かくしてコンタクトだけは早々出来ました。
 よってその2年後に入会に至ったのです。まだ28歳でした。

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はせがわ歯科医院 院長 長谷川千尋

はせがわ歯科医院
院長 長谷川千尋
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私が一番こだわっているのは、患者さんの話をよく聞くことです。それは時間をかけてじっくり聞くというだけでなく、患者さんが本当に訴えたいことは何かを注意深く読み解くことです。

どれだけ忙しくてもじっくりお話を伺うため、スタッフから慌てて「時間ですよ~」と声を掛けられることも度々あります。しかし、治療のスタート地点を間違えていると、取り返しのつかないことになるのです。

治療と関係のないことでも何でも構いません。とにかく、まずはいろんなお話をしましょう。そのお話の中から本当にお困りのことを見つけ出し、最善の治療をご提供いたします。