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2013年8月 6日

 平成2年11月に開業して、平成9年までは右肩上がりで患者さんが増えました。最初はチェア2台でと思いましたが結局3台で開業。5年に1台増やし4台、7年に改装して5台、9年に6台にしました(5~6年前くらいから1台壊れ現5台)。

 9年度は歯科医師は私以外に常勤医2名、非常勤3~4名いて歯科技工士、歯科衛生士ほか総勢15人くらいのスタッフがいました。
 やはり男たるもの事業が大きくしたくなるものなのですね。
 平成8~9年は一番勢いのある時代でした。

 が、転機はすぐ来ました。
 10年以降、競合歯科医院がどんどん増加し、その後は患者さんは減り診療スタイルを見直す必要に迫られました。
 人生勉強にもなりました。

 自分も既存の歯科医院の中に割り込んだわけですし、同業の競争は資本主義の常なので仕方ないことですが、当院以降近在に開業された歯科医院7軒には影響を受けたと考えています。
 
 競合が増える中で危機感を感じ、診療台は平成19年に2台入れ替え、2度目の改装をして半個室に対応しました。整体室も設けました。
 
 現在は歯科衛生士常勤4名パート1名、常勤受付1名、非常勤薬剤師1名(妻です)のスタッフで患者さんに向かい合っています。

 歯科衛生士の数はなんと平成9年の最盛期と同じなのです。
 歯周病のメンテナンスに重きが出てきたことを現しています。
 
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2013年8月 5日

 金銭的余裕は無かったので、卒後すぐ勤め始めました。勤務医時代は購入して頂いた歯科雑誌を読むくらいで、たまに同窓会の講習会には行きましたが、毎日大勢の患者さんを診ることが同時に勉強だったと思います。

 勤め先の院長が体調不良だったせいもあってか、私ともう一人同期で入った新米歯科医は直後から比較的多くの患者さんを任されました。
 当時も今も、国家試験を終えてからのインターンで無くて学生時代に特別に患者さんの治療実習をさせている大学はごく一部でした。今は愛知学院と新潟大、北大の3校と聞いています。
 ごく簡単な治療なら即戦力になるのです。

 後々自分が代診医を雇う段になって、実は自分の新米の時の方が特殊だったと知って愕然としたものです。
 患者さんにも迷惑はかけたと思いますが、新米の時からばりばり治療していました。
 
 大変残念なことに勤務先の院長は私勤めて2年目に亡くなりました。同期の友人歯科医と1年後輩が先に退職(他の歯科医院へ移籍)する中で私はそこに4年半お世話になり開業に進みます。後輩が先に退職してしまい、予定より半年延びてしまいました。複数の医院で研鑽を積む方が良いという意見が多いですが、同じところで腰を据えて少しでも長く患者さんと関わることも利点です。
 
 開業が延びた結果、歯科医師会入会が開業より7ヶ月早くなってしまいました。昭和時代は当地区でもたまにあったと聞いていますが、多分私以降は同じ例は無いと思います。
 それには以下のような経緯があります。

 勤め先の院長は早世されましたが、そのお父様も歯科医師で明治15年生まれですがまだ元気にしておられました。若いときは親分肌だったようです。私たちは大(おお)先生と呼んでいました。
 「長谷川君は将来どこで開業するのかね?」と訊かれて、
 「甚目寺に田んぼがあるのでそこで開業したいと考えています」と答えると、「甚目寺は海部郡だな、会長のH先生に頼んでやろう」とその場で電話を掛け始められました。
 私はびっくりしました。まだ歯科医師2年目で開業準備なんてこれっぽちも考えてませんでしたから。
 大先生が頼んだから直ぐ入会が認められることはありませんが、かくしてコンタクトだけは早々出来ました。
 よってその2年後に入会に至ったのです。まだ28歳でした。

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2013年8月 3日

歯科医師になり開業して現在まで
 
 私の家は昔から農家です。今の診療所は以前うちの田んぼでした。子供の頃~大学生までよく手伝いをしました。大学を一方では農学部を受けたのも、家業を継ぐのは困難と思いつつも関係した方面に進もうかと思っていたからです。

 歯学部を受験したのはひょんなことからでした。
 高校時、志望校を複数書く必要があったものの、埋める大学が無くて困りました。共通一次試験(今のセンター試験)が始まって国公立は1校しか受験できなくなりました。取り敢えず関東関西の私大農学部も考えたものの、両親からは自宅通学を命じられていて、私立農学部は名城大しか無かったのです。
 同じ学校法人の愛知学院大歯学部が農学部と同じ受験科目だったので空欄を埋めるために書いたのが最初でした。

 高3の担任の先生が、医療のほうがお前に合っている...と勧められてその気になってしまった...のでした。高3の担任は日大歯学部に進学したものの家の事情で学部を変わり英語教師になったという変わり種の先生でした。
 今は違いますが、当時一部の私立を除いて、私立高校は公立レベルで無い生徒または公立不合格の生徒が行くところでした。
 私も公立校受験に失敗したので、大学は国公立に合格することを目指していました。
 医療には最初関心は無くて、国立は歯学部受験することは考えていませんでした。だいたい、名古屋に無いですし。
 正直そこそこ勉強した...くらいで、運にも恵まれ岐阜大農学部に合格しました。
 結局私大は名城受けずに、愛知学院大学歯学部だけ受けて先に合格していました。
 最後まで迷っていましたが、歯学部を選択し留年も無く国試も現役合格して今に至ります。
今では感謝しています。

続く


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2013年8月 2日

開業してからも研修会に資金を回す余裕はなかなかありません。しかし平成3年、海部郡歯科医師会会長でもあった渡邊先生に誘われマイオドンティクスを学びました。
 まさに噛み合わせから全身の健康を考慮する療法でした。

 が、それだけではどうも足らない感じもしました。
 5年から一般歯科医向けの矯正を学び始めました。矯正には必須のセファロレントゲンを開業時から準備してました。各務肇先生のセミナーを選んだのは正直たまたま行きたいとき直近にあったから...ですが、これが良かったのです。
 各務先生は矯正歯科医では数少ない全身との関わりも研究されている歯科医でした。矯正はその後ティップエッジの宮島先生の講座受講し続けています。

 顎関節はその後単発でいろいろな先生の研修会を受講しました。鍼灸、東洋医学も絡めるようになりました。

 大きな分岐点になったのは西村先生の咬合のセミナーでした。
 この後歯科でない分野のセミナーへ通い出します。
 十時の漢方の宮崎先生には波動など見えないへの誘いでお世話になりました。宮崎先生を切っ掛けに知り合いになった堀田忠広先生などドクターの方々など広がりは大きいです。

 一方西村咬合セミナーにゲスト講師で来られた伊東聖鎬先生にはその後今に至るまで人の身体とはどうなっているのか、大変役に立っています。

 各務先生の一般臨床医矯正研究会にゲストで来られていた、西原克成先生の治療法は画期的でした。目から鱗とはこのことです。口呼吸の害その他何とか世に広がるように今後も勉強したい分野です。

 画期的と言えばエイクレスと言う機械...これも工学の方々との接点もありました。
 歯科医療の王道の分野は、如何に立派な補綴をするのかとか、手術をするのかとか...それがアカデミックでありエビデンスであり...という方向性なのですが、私の興味分野はアウトロー的ではあります。
 今後も周りから歯科を攻めたいと考えています。

続く

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2013年8月 1日

  旧はせがわ歯科医院ホームページの自己紹介文をそのまま載せます。 -------------------------------

 本業での興味の対象は、歯・顎・口腔と全身との関わりです。
 最近は歯科医師会も積極的にそういうことを言い出していますが、ちょっと意味合いは違います。

 歯周病と糖尿病、早産、動脈硬化、骨粗鬆症、周術期のこと、口腔ケア、介護予防...いずれも大切ですが、歯科の行うことは従来とだいたい同じなのです。
私としては、噛み合わせを改善したら不定愁訴が取れることがあるとか、姿勢がよくなるとか、逆に歯や顎の症状がその場所の治療でうまくいかないときは身体のどこを見ればいいのかとか、東洋医学、代替医療系の観点から、全身との関わりに興味があります。

 西洋医学としての歯科はどうしても局所だけなので、別次元の分野に頭を突っ込まざるを得なくなります。

 その原点は、大学六年の時、受け持ちの患者さんが顎関節症になってしまったことでした。
 今は教えているのでしょうが、当時は学生に対して顎関節症の詳しい治療法の講義はありませんでした。
 インストラクターの先生に訊いて、マイオモニターをセットするだけでした。図書館で調べると、開業医で顎関節症について詳しく書かれている先生がありました(続肇彦)。それを読んで驚いたのは顎関節症の治療をして頭痛、肩こり、耳鳴り、下手すると腰痛まで改善することがあるような記述があったのです。

 歯医者は歯や歯茎だけ治すもの...と思っていた私には衝撃的でした。歯科医師が口の中以外も治せることがあるなんて、素敵ではないですか。
 顎関節症を学びたい...と、勤務先の面接で院長にも言った記憶があります。
 勤務医時代は普通の歯科治療の研鑽に終始しました。

 続く


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自己紹介
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はせがわ歯科医院 院長 長谷川千尋

はせがわ歯科医院
院長 長谷川千尋
http://www.hasegawashikaiin.jp/

私が一番こだわっているのは、患者さんの話をよく聞くことです。それは時間をかけてじっくり聞くというだけでなく、患者さんが本当に訴えたいことは何かを注意深く読み解くことです。

どれだけ忙しくてもじっくりお話を伺うため、スタッフから慌てて「時間ですよ~」と声を掛けられることも度々あります。しかし、治療のスタート地点を間違えていると、取り返しのつかないことになるのです。

治療と関係のないことでも何でも構いません。とにかく、まずはいろんなお話をしましょう。そのお話の中から本当にお困りのことを見つけ出し、最善の治療をご提供いたします。